横光利一の名前は、教科書の「新感覚派」という見出しと一緒に覚えている。でも代表作とされる『機械』を開くと、改行のない段落が延々と続き、どこで息を継げばよいのか分からない。名前だけ知っている作家の中でも、最初の一歩でつまずきやすい一人です。
この記事では、青空文庫で読める三作、『蠅』『春は馬車に乗って』『機械』を取り上げます。文学史上の位置づけではなく、それぞれの作品がどう区切られているか、文がどんな長さで進むか、画面でどう見えるかを書きます。並びは短いものからの順で、『機械』を最後に置きます。結末には触れません。123
三作のどれから開くか
| 読みたいもの | 最初の候補 | はじめに注目すること |
|---|---|---|
| 一度で読み切れる短い話 | 蠅 | 番号で区切られた十の場面 |
| 二人の会話で進む話 | 春は馬車に乗って | 「彼」と妻の言い方の違い |
| 一人の頭の中をたどる長い文 | 機械 | 段落の切れ目と「私」の言い直し |
| 季節の移りで区切る話 | 春は馬車に乗って | 松、ダリヤ、芝生の描写 |
三作とも新字新仮名です。『蠅』は数ページ、『春は馬車に乗って』はその二倍半ほど、『機械』は五倍ほどの長さで、短いものから順に読むと、文の長さの変化がそのまま書き方の変化として見えてきます。『機械』の初出は雑誌「改造」1930年9月号で、青空文庫のファイルは全集を底本に現代表記へ改めたものです。123
1. 『蠅』十の場面を、一つの宿場に集める
『蠅』は一から十までの番号で区切られた短い章でできています。一章は真夏の宿場、薄暗い厩の蜘蛛の巣に引っかかった一匹の蠅から始まります。二章では猫背の馭者が饅頭屋の店先で将棋をさし、三章では街の息子から危篤の電報を受けた農婦が三里の山道を駆けてきて、馬車はまだかと繰り返し尋ねます。1
四章以降も、若者と娘、母親と男の子、春蚕の仲買で八百円を手にした田舎紳士と、章ごとに別の人が宿場へ集まってきます。それぞれの事情は数行で示されるだけで、互いに名乗りもしません。七章は、馬車がいつ出るかを知っているのは饅頭屋の竈で膨れ始めた饅頭だけだ、という一文で、馭者の性分を説明します。八章で柱時計が十時を打ち、九章で馬が馬車に結ばれ、十章では馬車の中の人々が描かれます。
読み方としては、章ごとに「誰が、何を急いでいるか」を一つずつ押さえてください。十の場面を読み終えたとき、最初の一章の蠅がどこにいたかを思い出すと、題名の置き方が分かります。全部で数ページなので、一度通して読んでから、気になった章に戻る読み方が向いています。一回で読み切れる長さの作品をほかにも探すなら、青空文庫の人気作から選ぶ短編7選も同じ目安で選んでいます。
2. 『春は馬車に乗って』会話の調子の差を聞く
『春は馬車に乗って』には章の区切りがなく、海辺の家で病気の妻を看る「彼」の日々が、短い会話を重ねて進みます。海浜の松が凩に鳴り始めた、という一文で始まり、妻は寝台から松の葉が光るのを見ていて、彼は泉水の亀を見ていた、という最初のやり取りで、二人のものの見方の差が示されます。2
会話は妻の「あたし」と彼の「俺」で交互に進み、妻は洗濯がしたい、起きて歩きたいと言い、彼はそれを止めます。ところどころに彼の考えが地の文で挟まり、妻の家族との争い、母との同居、妻の病気と、ここまでの年月が短く振り返られます。読みどころは、同じ病室で交わされる会話が、庭のダリヤ、芝生、海の光といった季節の描写が変わるごとに、少しずつ調子を変えていく点です。
会話の多い作品なので、妻のせりふと彼のせりふを頭の中で別の声にしてみてください。題名の意味は終わり近くで分かるので、先に調べないほうが楽しめます。
この作品の本文ファイルは、青空文庫の古い形式で作られています。ブラウザで開くと、ルビが「凩(こがらし)」のように括弧で本文中に並び、文字の上には表示されません。図書カードからダウンロードできるテキストZIPはルビ付きの通常形式なので、EPUBに変換して読む場合は他の作品と同じ扱いになります。
『春は馬車に乗って』を青空文庫で読む / 図書カード・ダウンロード
3. 『機械』段落の切れ目だけを頼りに読む
『機械』には章の区切りがなく、全体が八つの長い段落でできています。短い段落で五百字ほど、長いものは六千字を超え、その間に改行は入りません。会話を示す「」もほとんど使われず、人の言葉は地の文の中に「という」の形で畳み込まれています。3
語り手は「私」で、ネームプレート製造所に住み込んで働いています。最初の一文は、初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った、というもので、以後は主人、主人の細君、同僚の職人である軽部、あとから入ってくる屋敷という四人との関係を、「私」が考え、言い直し、また考えるという形で進みます。仕事場では塩化鉄や臭素といった薬品を扱い、それが体に及ぼす影響も最初の段落で説明されます。
読み方は、一段落を一回分と決めることです。段落の途中で止めると、どこまで読んだか分からなくなります。段落の中では「私」が同じことを別の角度から言い直すので、一文ずつ意味を確定しようとせず、「今は誰について考えているか」だけを追ってください。人物は四人しかいないので、迷っても戻る場所は近くにあります。段落が変わると場面も変わるので、そこで一度息を継げます。
読む前に知っておきたい内容上の注意
『春は馬車に乗って』は病気で寝たきりの妻を看る日々の話で、死を前にした会話が続きます。『蠅』には危篤の知らせで急ぐ農婦が登場し、終わりに向けて緊張が高まります。『機械』には薬品で体を損なう描写があり、図書カードには「今日からみれば、不適切と受け取られる可能性のある表現がみられます」という青空文庫の備考が付いています。いずれも出来事を細かく説明する書き方ではありませんが、病や死を扱う作品を避けたい時期には、『蠅』の前半で文の調子だけ確かめておくという入り方もできます。123
三作をEPUBに変換して読む
本文リンクで冒頭を試し、続きを手元で読みたくなったら、図書カードからテキストZIPを入手します。青空→EPUBで変換し、生成されたEPUBをBlueReaderへアップロードしてください。サーバーでの解析後に本棚から開けます。『機械』のように長い段落が続く作品は、文字サイズを大きめにして一画面の行数を減らすと、今いる位置を見失いにくくなります。4
手順は青空文庫をEPUBに変換してBlueReaderで読む方法にまとめています。同じアカウントなら端末を変えても続きを開けるので、『蠅』を通勤中に読み終え、『機械』の一段落を夜に別の端末で読む、という分け方ができます。長さの見積もりには本文の長さと自分のペースで読書時間を考える記事の方法が使えます。
Footnotes
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横光利一『蠅』、青空文庫。本文、図書カード No.2302。新字新仮名。底本は岩波文庫『日輪・春は馬車に乗って 他八篇』。十章の構成と各章の場面を参照。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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横光利一『春は馬車に乗って』、青空文庫。本文、図書カード No.904。新字新仮名。底本は新潮文庫『機械・春は馬車に乗って』。本文ファイルは旧形式。冒頭の場面と会話の形を参照。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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横光利一『機械』、青空文庫。本文、図書カード No.907。新字新仮名。初出「改造」1930年9月号。段落構成、冒頭の一文、図書カードの備考を参照。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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BlueReaderの青空文庫EPUB変換ガイド。青空→EPUBによる変換、EPUBのアップロードとサーバー解析、同じアカウントでの読書継続について。 ↩