中原中也の「サーカス」や、汚れつちまつた悲しみに、で始まる一篇は、どこかで目にしたことがある。でも詩集を一冊通して読むとなると、どちらの詩集を先に開き、どこで区切ればよいのかが分かりにくいものです。詩は小説のように筋で先へ引っ張ってくれないので、最初の数篇で足が止まると、そのまま閉じてしまいがちです。
この記事では、青空文庫で読める二つの詩集、『山羊の歌』と『在りし日の歌』を取り上げます。詩の意味を解説するのではなく、詩集がどう区切られているか、最初の数篇で何を見るか、作者自身が書いた「後記」をどう使うかを書きます。どちらのファイルも新字旧仮名なので、その読み方にも一節を割きます。12
二冊のどちらから開くか
| 読みたいもの | 最初の候補 | はじめに注目すること |
|---|---|---|
| 同じ行が何度も戻ってくる詩 | 山羊の歌 | 連の頭で繰り返される句 |
| 小さな物が一つだけ置かれた詩 | 在りし日の歌 | 一篇に出てくる物の数 |
| 作者が自分の詩集をどう見ていたか | 在りし日の歌 | 巻末の「後記」 |
| 書かれた順にたどる | 山羊の歌 | 五つの部の並び |
『山羊の歌』は1934年に文圃堂から出た自選の第一詩集で、図書カードの解説によれば、生前に刊行された唯一の詩集です。『在りし日の歌』は1938年に創元社から出ましたが、巻末の「後記」の日付は1937年9月で、原稿は作者自身がまとめています。初めて読むなら刊行順どおり『山羊の歌』から入るのが無理のない順ですが、一篇が短く物の像がはっきりした詩から試したいなら、『在りし日の歌』の後半の部から開いても差し支えありません。12
1. 『山羊の歌』五つの部と、最初の三篇
『山羊の歌』は「初期詩篇」「少年時」「みちこ」「秋」「羊の歌」の五つの部に分かれています。部の名前はページの中央に一行だけ置かれ、そのあとに詩が続きます。『在りし日の歌』の「後記」には、『山羊の歌』には大正十三年春から昭和五年春までの作を収めた、と作者自身が書いています。12
最初の部「初期詩篇」の一篇目は「春の日の夕暮」です。トタンがセンベイ食べて、という一行から始まり、春の日の夕暮は穏かです、春の日の夕暮は静かです、と似た行が返ってきます。二篇目が「月」、三篇目が「サーカス」で、「サーカス」には「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という行が三度置かれています。よく知られた一篇が三篇目に来るので、冒頭から順に読んでも遠回りにはなりません。
この三篇だけでも、調子がかなり違うことが分かります。一篇目は短い言い切りの行、二篇目は漢語の多い行、三篇目は音だけの行が混じります。どれが読みやすいかを確かめてから先へ進むと、合わない詩に出会っても部の途中で止まりにくくなります。
2. 『山羊の歌』繰り返しを音として追う
「初期詩篇」には「朝の歌」「臨終」「帰郷」などが続き、部が変わって「少年時」、その次の「みちこ」の部に、汚れつちまつた悲しみに、で始まる一篇が置かれています。この詩は「汚れつちまつた悲しみに」「汚れつちまつた悲しみは」と、連の頭で同じ言葉が繰り返され、二行ごとに同じ句が戻ってきます。意味を取る前に、同じ句がどこで「に」から「は」に変わるかを目で追ってみてください。1
画面では一行が短く、連のあいだに空きが入ります。行末が「です」「ます」で揃う詩と、名詞で切れる詩が混じるので、一篇読むごとに行末の形を一つ覚えるつもりで進むと、繰り返しの型が見えてきます。最後の部「羊の歌」には、題と同じ「羊の歌」のほか「憔悴」「いのちの声」が置かれ、こちらは一行が長く、散文に近づきます。短い行から長い行へ移る並びになっているので、順番どおりに読むと負担が少なくなります。
3. 『在りし日の歌』先に「後記」を読む
『在りし日の歌』には「亡き児文也の霊に捧ぐ」という副題が付いています。詩集は「在りし日の歌」と「永訣の秋」の二つの部に分かれ、巻末に作者自身の「後記」があります。「後記」は一ページほどの短い文章で、ここに収めたのは『山羊の歌』以後に発表したものの過半数であること、最も古い作は大正十四年、最も新しい作は昭和十二年のものであることが書かれています。原稿を友人の小林秀雄に託し、東京を離れて郷里に引きこもる、という近況で結ばれています。2
詩集を開いたら、まず最後の「後記」へ飛んでください。どんな状況でまとめられた本か分かると、知らない詩が出てきても置き場所ができます。図書カードの解説には、原稿の清書が終わったのは死の一カ月前だったと書かれています。
最初の部の一篇目は「含羞」で、「在りし日の歌」という副題が添えられています。「むなしさ」「夜更の雨」「早春の風」と続き、同じ部の中に「骨」があります。「ホラホラ、これが僕の骨だ」と話しかけるように始まる詩で、話し言葉の調子が『山羊の歌』より強くなっています。
4. 『在りし日の歌』「永訣の秋」の部は、物を数えながら読む
二つ目の部「永訣の秋」には「ゆきてかへらぬ」「一つのメルヘン」「月夜の浜辺」「また来ん春」「冬の長門峡」「春日狂想」「蛙声」などが入っています。「一つのメルヘン」は、秋の夜は、はるかの彼方に、という一行から始まり、「月夜の浜辺」は、月夜の晩に、ボタンが一つ、と始まります。どちらも一篇に出てくる物が少なく、その物が行を変えて何度も置かれます。2
この部は、一篇ごとに「出てきた物」を一つ書き出すと読みやすくなります。ボタン、水、石といった具体的な名前を押さえるだけで、意味を決めなくても像が残ります。最後から二篇目の「春日狂想」は1から3の番号で区切られ、愛するものが死んだ時には、という一行から始まる長めの詩です。部の題と副題から、この部は子どもの死のあとに書かれたものが中心だと見当がつきますが、詩そのものは出来事を説明しません。
「一つのメルヘン」と「月夜の浜辺」は、詩を読まない人のための青空文庫7篇でも単独で取り上げています。先にそこで二篇を読み、合えば詩集に戻るという順でも構いません。
『在りし日の歌』を青空文庫で読む / 図書カード・ダウンロード
新字旧仮名のファイルをどう読むか
青空文庫の『山羊の歌』『在りし日の歌』は、どちらも底本が岩波文庫の『中原中也詩集』で、文字遣いは新字旧仮名です。漢字は今の字体ですが、仮名は「汚れつちまつた」「ゐる」「あゝ」のように旧い書き方のままです。新字新仮名のファイルはありません。12
旧仮名といっても、詩の一行は短く、同じ言い回しが繰り返されます。「つ」を小さい「っ」と読む、「ゐ」を「い」と読む、「あゝ」を「ああ」と読む、この三つを押さえれば、本文で引っかかる箇所はかなり減ります。見分け方そのものが分からないときは、青空文庫の「新字新仮名」と「旧字旧仮名」の見分け方で、図書カードの表記の読み方を確認してください。
同じ新字旧仮名の詩集としては、萩原朔太郎の『月に吠える』があります。朔太郎の序文と中也の「後記」を読み比べると、同じ旧仮名でも文章の調子がまるで違うことが分かります。
読む前に知っておきたい内容上の注意
『山羊の歌』には「臨終」という題の詩があり、人の死を見送る場面が像として描かれます。『在りし日の歌』は副題のとおり亡くなった子に捧げられた詩集で、「骨」は自分の骨を眺める像から始まり、「春日狂想」は、愛するものが死んだ時には、という一行で始まります。「後記」も、詩集をまとめた時期の心境を短く語っています。12
いずれも出来事を細かく説明する詩ではありませんが、題名や冒頭の一行で苦手な領域が分かる場合は、その詩を飛ばして次へ進んでも差し支えありません。
詩集をEPUBに変換して、一部ずつ読む
本文リンクで最初の三篇と「後記」を試し、続きを手元で読みたくなったら、図書カードからテキストZIPを入手します。青空→EPUBで変換し、生成されたEPUBをBlueReaderへアップロードしてください。サーバーでの解析後に本棚から開けます。詩は一行の長短がそのまま形になるので、文字サイズを少し大きくして、一行がどこで折り返すかを確かめながら読むと、繰り返しの行が見つけやすくなります。3
手順は青空文庫をEPUBに変換してBlueReaderで読む方法にまとめています。同じアカウントなら端末を変えても続きを開けるので、一つの部を読んで閉じ、翌日に別の端末で次の部へ進めます。
詩より短い単位から入りたい人には、三行書きの短歌を手がかりにできる石川啄木の入門記事もあります。