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谷崎潤一郎は何から読む?青空文庫で読める初期短篇『刺青』『少年』『秘密』

谷崎潤一郎の初期短篇『刺青』『少年』『秘密』を、長さ、語り手、舞台の違いから選ぶ入門。新字新仮名で読める青空文庫の本文と図書カードへ案内し、結末には触れません。

谷崎潤一郎の名前は知っているけれど、長い小説の題名ばかりが浮かんで、どこから手を付ければよいか分からない。そんなときは、作家が最初期に書いた短篇から試すのが近道です。青空文庫で読める谷崎作品は初期の短篇が中心で、どれも一度に読み切れる長さです。1

この記事では『刺青』『少年』『秘密』の三篇を取り上げます。いずれも明治末の雑誌に発表された作品で、江戸の職人の世界、日本橋の子どもたち、浅草の寺に隠れ住む青年と、舞台も語り手も違います。紹介は冒頭の場面と読むときの手がかりにとどめ、物語の行き先には触れません。

長さと語り手で選ぶ

作品語り手舞台青空文庫の本文の目安
刺青三人称江戸、深川の刺青師の家短い。三篇のうち最短
少年「私」が子ども時代を回想日本橋蠣殻町あたりの屋敷三篇のうち最長
秘密「私」が現在の暮らしを語る浅草松葉町の寺の一室中くらい

三篇とも青空文庫の底本は新字新仮名づかいですが、『刺青』と『少年』の底本には旧字が混在しています。ふりがなは付いているので、読めない字が出ても止まらずに進めます。234

初出は『刺青』が「新思潮」、『少年』が「スバル」、『秘密』が「中央公論」で、発表順もこの並びです。短い順に読むなら『刺青』から、ひとりの語り手の声に長く付き合いたいなら『少年』から始めてください。

1. 『刺青』職人の目が、何を美しいと見ているか

「其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て」という一文から始まります。殿様や幇間がのんびり暮らしていた時代、美しい者が強く、醜い者が弱いとされた世の中で、人々は競って肌に絵を入れました。そこに清吉という若い刺青師が登場します。2

清吉は浮世絵師から刺青師へ転じた人で、気に入った皮膚と骨組みの人にしか針を入れません。彼には年来の願いがあり、それは光り輝く美しい女の肌に自分の魂を刺り込むことだと、冒頭のうちに語られます。その願いを抱えたまま数年が過ぎた夏の夕方、ある料理屋の前で駕籠の簾から白い素足がこぼれているのを見かける場面から、話が動き始めます。

読むときの手がかりは、清吉が人の体をどう眺めているかです。彼は足を顔と同じように表情のあるものとして見ます。描写がどこまで細かくなるか、そして語り手がそれをどんな言葉で飾るかを追ってみてください。筋はごく短く、場面の数も少ないので、一つひとつの比喩を味わう読み方が合います。

『刺青』を青空文庫で読む / 図書カード・ダウンロード

2. 『少年』遊びの中で、誰が誰に従うか

語り手の「私」が、二十年ほど前の十歳のころを振り返ります。蠣殻町の家から有馬学校へ通っていたある春の日、同級生の塙信一に声をかけられます。信一は女中を片時も離さない評判の弱虫で、遊び相手のいない子どもでした。その信一が、家の庭でお稲荷様の祭りがあるから遊びに来ないかと言います。3

屋敷に着くと、庭には行燈が並び、甘酒やおでんの屋台が出て、近所の子どもたちが集まっています。しかし「私」はその群れに混じりきれず、ようやく女中に見つけられて、庭の奥の座敷へ連れていかれます。そこで出会う信一は、学校で見ていた姿とはまったく違います。

この作品で見てほしいのは、子どもたちの遊びの中で力の向きが入れ替わる瞬間です。学校では弱虫とされていた子が屋敷ではどんな顔をするのか、「私」はそれにどう応じるのかを、場面ごとに確かめてみてください。大人の社会の縮図として読むことも、子ども時代の記憶として読むこともできますが、まずは「私」の戸惑いにそのまま付き合うのがよいでしょう。

『少年』を青空文庫で読む / 図書カード・ダウンロード

3. 『秘密』知っているはずの町の、知らない通り

「私」は気まぐれから、交際していた人々の輪から逃れ出ようと思い、浅草松葉町の真言宗の寺に部屋を借ります。郊外へ隠れるより、下町の雑踏のあいだに人の気づかない静かな一郭があるはずだと考えてのことでした。4

冒頭で語られるのは、東京に生まれて二十年住んでいながら、一度も足を踏み入れたことのない通りがいくらでもあるという気づきです。子どものころ父に連れられて深川の八幡様の裏手に出たときの記憶、浅草橋と和泉橋のあいだの左衛門橋を渡ったことがないという発見が重ねられます。そのうえで「私」は、鈍った神経を震わせるような不思議なことはないかと考え始めます。

この作品は、町を歩く小説として読み始めるのが入りやすいです。語り手がどの橋を渡り、どの横丁を曲がるかを追うと、明治末の東京下町の地図が浮かんできます。その後の出来事は、語り手自身が「秘密」と呼ぶものに関わるので、ここでは触れません。下町を歩く文章が気に入ったら、同じ時期の東京を書いた永井荷風の入門記事もあわせて読めます。

『秘密』を青空文庫で読む / 図書カード・ダウンロード

三篇に共通する読みどころ

注目すること刺青少年秘密
身体や衣装の描写肌、足、針の痛み晴れ着、紋付、羽織袴化粧、白粉、着物
場所の描き方深川、料理屋の門口屋敷の庭と奥座敷寺の一室、下町の横丁
力の関係彫る者と彫られる者命じる子と従う子隠れる者と見つける者

三篇とも、人と人のあいだで誰が主導権を持つかが途中で揺れます。その揺れは説明されず、衣装や仕草や視線の描写で示されます。「誰が見ているか」「誰が見られているか」を意識すると、どの作品でも場面の重さが変わって見えます。

また、どの作品も冒頭に長い前置きがあります。『刺青』は時代の説明、『少年』は春の町の風景、『秘密』は東京の地理への考察です。この前置きを飛ばすと、あとの場面の意味が薄くなります。急がずに、語り手の視線の動きをそのまま追ってください。

読む前に知っておきたい表現

『刺青』には、針を刺される苦痛と、それを眺めて喜ぶ清吉の様子が繰り返し描かれます。人を傷つけることに快楽を感じる人物を主人公にした作品です。『少年』では、子どもどうしの遊びが、相手を縛る、踏む、命令に従わせるといった形をとります。身体的な支配を含む場面があることを知ったうえで読み始めてください。

『秘密』には化粧をして身なりを変え、夜の町へ出る場面が描かれます。また三篇とも明治末の作品で、職業や身分、障害や貧困に関して、現在では使わない言葉が出てきます。底本どおりの表記として読んでください。

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まず本文リンクで冒頭を読み、続きを落ち着いて読みたくなったら図書カードからテキストZIPを入手してください。青空→EPUBで変換し、できたEPUBをBlueReaderへアップロードすると、サーバーでの解析が終わったあとに本棚から開けます。同じアカウントなら、別の端末からも続きを読めます。5

手順は青空文庫をEPUBに変換してBlueReaderで読む方法にまとめています。三篇は短いので、一篇ずつEPUBにしても、三篇まとめても扱いやすいです。新字新仮名と旧仮名の版の違いについては青空文庫の表記の版の選び方を参照してください。

江戸や明治の町を舞台にした怪奇趣味の文章が気に入ったなら、泉鏡花の入門記事が次の候補になります。谷崎の初期短篇を読み終えたあとは、青空文庫の作家ページから他の短篇へ進むのが自然な順路です。


Footnotes

  1. 谷崎潤一郎の作家ページ、青空文庫。公開中の作品一覧の確認に参照。 ↩

  2. 谷崎潤一郎『刺青』、青空文庫。本文、図書カード No.56641。初出「新思潮」1910年11月号。底本は新字新仮名づかいで旧字が混在。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2

  3. 谷崎潤一郎『少年』、青空文庫。本文、図書カード No.56643。初出「スバル」1911年6月号。底本は新字新仮名づかいで旧字が混在。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2

  4. 谷崎潤一郎『秘密』、青空文庫。本文、図書カード No.57349。初出「中央公論」1911年11月。底本は新字新仮名。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2

  5. BlueReaderの青空文庫EPUB変換ガイド。青空→EPUBによる変換、EPUBのアップロードとサーバー解析、同じアカウントでの読書継続について。 ↩

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