正岡子規の名前は、俳句や短歌の革新者として知っている。けれど、本人の文章を読んだことはない。随筆が有名だと聞いても、『病牀六尺』と『墨汁一滴』のどちらが先か、どれくらいの長さなのかが分からず、手が止まる。
この記事では、青空文庫で公開中の随筆四篇を取り上げます。『病牀六尺』と『墨汁一滴』は新聞に連載された日付入りの短い文章の集まりで、『病牀苦語』は雑誌に載った口述の随筆、『死後』は一つの題で書かれた短い文章です。病床で書かれたものばかりですが、内容は草花の絵、学校の経費、料理、動物園と多岐にわたります。なお、日記『仰臥漫録』は青空文庫では作業中で、まだ読めません。この記事でもリンクは張らず、四篇だけを扱います。1
長さと仮名づかいで選ぶ
| 作品 | 形式 | 仮名づかい | 長さの目安 |
|---|---|---|---|
| 死後 | 一つの題の随筆 | 新字新仮名 | 短い。一度に読み切れる |
| 病牀苦語 | 口述の随筆、○で区切った段落 | 新字新仮名 | 短い |
| 墨汁一滴 | 日付入りの連載随筆 | 新字旧仮名 | 長い。日付ごとに区切れる |
| 病牀六尺 | 日付入りの連載随筆、一から百二十七の番号 | 新字旧仮名 | 長い。番号ごとに区切れる |
四篇のうち新字新仮名で読めるのは『死後』と『病牀苦語』です。『病牀六尺』と『墨汁一滴』は新字旧仮名で、「あつた」「いふ」のような表記が続きます。旧仮名に慣れていない方は、短い新仮名の二篇で子規の語り口に慣れてから、長い二篇へ進むのが読みやすい順です。旧仮名の読み方に不安があれば、青空文庫の表記の版の選び方もあわせてどうぞ。2345
長い二篇はどちらも新聞「日本」に連載された文章で、一回分が短く、日付が入っています。本のように頭から読む必要はなく、気になった日付から読んでも差し支えありません。
1. 『死後』自分の葬られ方を、順に想像してみる
「人間は皆一度ずつ死ぬるのであるという事は、人間皆知って居るわけであるが、それを強く感ずる人とそれ程感じない人とがあるようだ」という一文から始まります。健康な人は死を考える暇もないが、自分のような長い病人は死を考える機会が多い、と筆者は言い、死の感じ方には主観的なものと客観的なものがあると分けて説明します。5
そのうえで、自分の棺がどう葬られるのが一番よいかを、土葬から順に具体的に想像していきます。棺が穴に落ちる音、土が顔の上に落ちてくる音、人夫が土を踏み固める様子まで、まるで自分がその中にいるかのように書かれます。重い題材ですが、語り口は落ち着いていて、ところどころ笑いを含みます。
読むときは、筆者が「嫌だ」と言うものと「それならよい」と言うものを区別してみてください。何を嫌がるかに、この人の身体感覚と性格が出ています。短いので、子規の文章に初めて触れる一篇として向いています。
2. 『病牀苦語』話し言葉で聞く、痛みの記録
底本では表題の下に「子規 口述」と記されています。冒頭で筆者は、この頃は痛みで身動きもできず、毎日二、三服の麻痺剤を飲んでようやく過ごしている、考え事も書くこともできないが黙っているのはなお苦しいので、今日は少ししゃべってみようと思いついた、と言います。「例の秩序なしであるから、そのつもりで読んで貰いたい」という前置きが、この文章の読み方をそのまま示しています。4
○で区切られた段落ごとに、話題は移ります。昔は少し気取っていたが病気が進んで我慢ができなくなったという述懐から始まり、痛むときに泣き、わめき、人を怒りつける自分の姿が隠さずに語られます。
読むときは、「書く」文章と「しゃべる」文章の違いを意識してください。同じ病床の話でも、『病牀六尺』の整った文と比べると、繰り返しや言い直しが多く、その分だけ声が近く聞こえます。『死後』のあとに読むと、同じ人が同じ時期に、書き方を変えて同じ身体のことを語っていると分かります。
3. 『墨汁一滴』枕元の地球儀から始まる半年
冒頭は、病める枕辺の箱の上に寒暖計があり、そこに小さな輪飾りがくくりつけてある、という描写です。その下に橙と、友人から新年の年玉として贈られた直径三寸の地球儀が並び、筆者はそれを「我が病室の蓬莱」と呼びます。地球儀を眺めながら日本の赤い色と大陸の紫色について書き、歌を一首添えて、一月十六日の日付で最初の回が終わります。3
青空文庫の本文では、日付入りの回が一月十六日から七月二日まで続きます。一回の長さはまちまちで、数行で終わる日もあれば、一つの話題を長く書く日もあります。七草の鉢の話、絵を描く友人への注意、鮓の作り方と季節の話など、題材は日ごとに変わります。
初めて読むときは、目次代わりに日付を追い、気になる話題の日だけ読む方法が合います。一月の回には新年の品物の話が続き、季節の移りが文章の調子に出ます。短歌や俳句を作る人への意見も書かれているので、歌を詠む側の子規に関心がある方は、そうした回から入るのもよいでしょう。『歌よみに与ふる書』の図書カードも青空文庫で公開されていて、短歌についての考えを続けて読めます。
4. 『病牀六尺』六尺の床から見える世界
「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである」という有名な一文で始まります。手を伸ばして畳に触れることはあっても、蒲団の外へ足を伸ばすことはできない。それでも生きていれば言いたいことはある、と前置きして、最初の回は土佐の小さな島の水産補習学校の話へ移ります。校長の月給や備品費まで数字で書き、その学校の話を聞いて涙が出るほど嬉しかった、と結びます。2
青空文庫の本文は一から百二十七まで番号が振られ、各回の末尾に括弧で日付が入ります。五月五日から九月十七日までの連載で、初出は新聞「日本」です。銃猟の話、絵巻物の話、動物園の虎の前に立つ人々の観察と、題材はやはり日ごとに違います。
読むときの手がかりは、冒頭の一文が示すとおり、見えるものの範囲です。筆者が自分の目で見たことと、人から聞いたこと、新聞で読んだことを分けて読んでみてください。六尺の床から動けない人が、どうやって世界の広さを文章に取り込んでいるかが見えてきます。長いので、一日に数回分ずつ読む計画が向いています。
読む前に知っておきたい内容
四篇はいずれも、長く病床にあった筆者が書いた、または口述した文章です。身体の痛み、麻痺剤の使用、泣き叫ぶ様子、自分の死と葬られ方についての想像が、具体的に書かれています。『病牀苦語』では痛みに耐えられず人に怒る自分の姿が、『死後』では棺の中の自分の視点からの描写が続きます。
また、明治期の文章であるため、身体や病気、職業、外国に関して現在では使わない言い方が出てきます。『墨汁一滴』の冒頭には当時の地球儀を見ながら領土について書いた箇所もあります。底本どおりの表記として読んでください。
本文を試し、続きをBlueReaderで読む
まず本文リンクで冒頭の数回分を読み、続きを自分の読書環境で読みたくなったら図書カードからテキストZIPを入手してください。青空→EPUBで変換し、できたEPUBをBlueReaderへアップロードすると、サーバーでの解析が終わったあとに本棚から開けます。同じアカウントなら、別の端末からも同じ場所から読み続けられます。6
手順は青空文庫をEPUBに変換してBlueReaderで読む方法にまとめています。『病牀六尺』と『墨汁一滴』は日付ごとに区切れるので、毎日数回分ずつ読む本として本棚に置いておくと、連載を追いかけるような読み方ができます。
身の回りの観察を短い文章で書いた随筆が好きなら、寺田寅彦の随筆の案内が次の候補になります。子規の随筆の中の食べ物の話に目が留まった方は、青空文庫の食べ物随筆の案内もあわせて読めます。
四篇の随筆を読んで子規の語り口に慣れたら、俳句や短歌について書いた文章へ進めます。青空文庫では『俳諧大要』や『俳句の初歩』、『歌よみに与ふる書』が公開されています。『歌よみに与ふる書』には新字旧仮名の版のほかに新字新仮名の版もあるので、旧仮名が負担なら新仮名の版から読んでください。7
| 読みたいこと | 次に読む文章 |
|---|---|
| 俳句の作り方の考え | 『俳諧大要』図書カード、『俳句の初歩』図書カード |
| 短歌についての意見 | 『歌よみに与ふる書』図書カード |
| 病床の日々をさらに読む | 『仰臥漫録』は青空文庫では作業中。公開を待つ |
随筆の中にも歌や句が差し込まれているので、まず随筆を読み、気になった句があれば俳句の入門文章へ戻る、という往復もできます。短い詩を読む習慣がない方は、青空文庫で詩を読み始める案内が助けになります。
Footnotes
-
正岡子規の作家ページ、青空文庫。公開中の作品一覧と『仰臥漫録』の作業状況の確認に参照。 ↩
-
正岡子規『病牀六尺』、青空文庫。本文、図書カード No.43537。初出「日本」1902年5月5日から9月17日。底本は岩波書店、新字旧仮名。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2
-
正岡子規『墨汁一滴』、青空文庫。本文、図書カード No.1897。底本は岩波文庫、新字旧仮名。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2
-
正岡子規『病牀苦語』、青空文庫。本文、図書カード No.50388。初出「ホトトギス」1902年4月、5月。底本は岩波文庫、新字新仮名。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2
-
正岡子規『死後』、青空文庫。本文、図書カード No.1903。底本は作品社「日本の名随筆8 死」、新字新仮名。作品の紹介と表記・版の確認に参照。 ↩ ↩2
-
BlueReaderの青空文庫EPUB変換ガイド。青空→EPUBによる変換、EPUBのアップロードとサーバー解析、同じアカウントでの読書継続について。 ↩
-
正岡子規『歌よみに与ふる書』、青空文庫。図書カード No.2533(新字旧仮名)、図書カード No.46534(新字新仮名)。『俳諧大要』図書カード No.57350、『俳句の初歩』図書カード No.57351。次に読む文章の確認に参照。 ↩