堀辰雄の名前は『風立ちぬ』で知っている。けれども、題名の由来になった一行以外に何が書かれているのか、そして他の作品を読むならどれが入りやすいのかは分からない。筋の起伏より文章の調子で読ませる作家なので、最初の一冊を外すと、静かすぎてやめてしまうことがあります。
この記事では、青空文庫で新字新仮名で読める『風立ちぬ』『聖家族』『美しい村』の三作を取り上げます。三作とも高原の村やサナトリウム、死んだ人の記憶が背景にあり、病と死は作品の主題そのものです。この点は読む前に知っておいたほうが選びやすいので、先に書いておきます。紹介は各作品の入口と構成までにとどめ、結末には触れません。123
三作のどれから開くか
| 読みたいもの | 最初の候補 | はじめに注目すること |
|---|---|---|
| 二人の時間を追う物語 | 風立ちぬ | 語り手が「お前」と呼ぶ相手との距離 |
| 短く、人物の視線が交差する小説 | 聖家族 | 誰が誰を見ているか |
| 風景と、書くこと自体についての文章 | 美しい村 | 手紙と手記の形がどう変わるか |
| 章ごとに区切って読みたい | 風立ちぬ | 五つの章の季節と日付 |
三作は長さもずいぶん違います。青空文庫のXHTML本文で比べると、『聖家族』は『風立ちぬ』の三分の一ほどしかなく、一回で読み終えられる長さです。『風立ちぬ』と『美しい村』は数日に分けて読む量です。表は編集上の提案で、発表順や難しさの順位ではありません。
1. 『風立ちぬ』五つの章と、題名の一行の場所
ポール・ヴァレリーの一行をフランス語で掲げたあと、「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の五つの章が続きます。図書カードによると、各章は1936年から1938年にかけて雑誌に分けて発表され、順番も「序曲」と「風立ちぬ」が先、「春」は発表順ではあとになります。一冊としてまとまった形で読めるのが青空文庫のファイルです。1
「序曲」は夏の高原から始まります。語り手の「私」は、薄の茂る草原で絵を描く相手を「お前」と呼び、白樺の木蔭から眺めています。題名になった「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、この序曲の中で、不意に風が立った午後に口をついて出る詩句として置かれています。冒頭の数ページで出てくるので、まずそこまで読んで、この語りかけの調子が続けて聞きたいものかを確かめてください。
「春」からは相手に節子という名前が与えられ、「風立ちぬ」の章で二人は汽車で山岳地帯のサナトリウムへ向かいます。病院での日々は、事件よりも、窓の外の天候や、二人の間の短い会話で進みます。「冬」と「死のかげの谷」は日付を持つ日記の形に変わり、最後の章は1936年12月1日、雪に埋まった村の山小屋から書き出されます。章ごとに語りの形が変わるので、一章ずつ区切って読むと、形の変化そのものが読みどころになります。
読み方として一つ提案すると、「私」が「お前」に向けて話している箇所と、自分に向けて考えている箇所を分けてみてください。同じ一人称でも、相手が目の前にいるときと、いないときで文の長さや句切りが変わります。『風立ちぬ』だけを詳しく読みたい方は、一冊の全体を扱う別の案内で改めて取り上げますので、ここでは入口までにしておきます。
2. 『聖家族』死から始まる短い小説
「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」という一文で始まります。三月、死人の家へ向かう道に自動車が列をなし、その中の一台から降りてきた細木夫人を、帽子もかぶらない青年が群集の中から見つけて腕をとります。この青年が河野扁理で、死んだのは九鬼という人物です。扁理と九鬼の関係、細木夫人と九鬼の過去、そして夫人の娘の絹子が、この短い作品の人物のほとんどです。2
『風立ちぬ』の「私」と「お前」の二人関係と違って、ここでは三人称で、視点が夫人、扁理、絹子の間を移ります。誰かが誰かを見て、その顔つきから何かを読み取る、という場面が繰り返されるので、「今は誰の目で見ているのか」を意識すると筋が追いやすくなります。会話は少なく、短い言葉のあとに長い心の動きが続きます。
短い分だけ密度が高く、一文が長い箇所もあります。分からない文に出会ったら、文の主語だけを拾い直してください。多くの場合、主語は夫人か扁理か絹子のいずれかで、それが分かれば先へ進めます。堀辰雄の文章の調子を短い時間で試したい人は、まずこの一作から入るのが近道です。
3. 『美しい村』手紙から始まり、手記へ変わる
巻頭に『ファウスト』第二部からの引用が置かれ、「序曲」は「六月十日 K村にて」と日付のある手紙の形で始まります。書き手は初夏の高原の村に一人で滞在していて、まだ誰も来ていない静かな村の様子と、三年前に病気でここに滞在した秋の記憶を、相手に語りかけるように書いています。3
次の「美しい村 或は 小遁走曲」からは手紙ではなく「私」の手記になり、落葉に埋まった山径の先で見棄てられた家に出会う場面や、ヴェランダから高原全体を見下ろす場面が続きます。「夏」の章では、中庭の向こうに黄色い麦藁帽子をかぶった少女が立っているのが見え、滞在客のまだいない別館で彼女と背中合わせに暮らすことになります。最後の「暗い道」は、夕暮れの山径を二人で歩く場面から始まります。
図書カードによると、「序曲」は1933年に新聞に「山からの手紙」という表題で載り、他の章も1933年から1934年にかけて別々の雑誌に発表されました。手紙、手記、そして会話の多い章へと形が変わっていくのはこの経緯と関係があります。『風立ちぬ』と同じ村が舞台で、こちらのほうが先に書かれているので、『風立ちぬ』を読んだあとに戻ってくる読み方もできます。
この作品は、筋よりも「書く人が目の前の風景をどう文章にするか」を見る小説です。語り手自身が、見たものをどう書くかに迷う箇所があるので、風景の描写を読み飛ばさず、一つの風景にどれだけの文が使われているかを見てください。風景を読む楽しみ方は風景と日常を描いた作品の案内でも扱っています。
三作に共通する読みどころ
| 見るところ | 風立ちぬ | 聖家族 | 美しい村 |
|---|---|---|---|
| 語りの形 | 一人称、後半は日記 | 三人称、視点が移る | 手紙から手記へ |
| 人物の数 | 二人が中心 | 四人 | 「私」と少女が中心 |
| 季節 | 夏から冬へ | 三月 | 初夏から夏 |
| 文の長さ | 中くらい | 長い | 長い |
三作とも、出来事は少なく、人物が誰かを見ている時間や、風景の前に立っている時間が長く書かれます。会話が始まったら、その前後の長い一文で何が見えていたかを確認する。この往復ができるようになると、堀辰雄の文章は読みやすくなります。病と別れを扱う作品を他にも探したい方は愛と別れを描いた作品の案内も参考になります。
読む前に知っておきたい内容
三作とも、病気と死が物語の背景ではなく中心にあります。『風立ちぬ』では結核の療養のためにサナトリウムへ向かう二人の日々が描かれ、章題にも「死のかげの谷」とあります。『聖家族』は人の死と葬儀の場面から始まり、残された人々の関係がその死をめぐって動きます。『美しい村』は死者を直接扱う作品ではありませんが、語り手自身の過去の病気や、見棄てられた家の記憶が繰り返し出てきます。闘病中の方や、近しい人を失ったばかりの方は、読む時期を選んでください。
青空文庫の図書カードには、『聖家族』と『美しい村』について、今日からみれば不適切と受け取られる可能性のある表現がみられる旨の備考があります。昭和初期の作品であり、病気や人物についての言い方が当時のままになっています。23
選んだ作品をEPUBで読む
本文リンクでまず冒頭を試し、続きを普段の読書環境で読みたくなったら図書カードからテキストZIPを入手します。青空→EPUBで変換し、生成されたEPUBをBlueReaderへアップロードしてください。サーバーでの解析後に本棚から開けます。別の端末でも同じアカウントで続きから読めます。4
操作は青空文庫をEPUBに変換してBlueReaderで読む方法にまとめています。『風立ちぬ』なら一章ずつ、『美しい村』なら手紙の部分だけ、という区切りで止めても構いません。三作を通して読む必要はなく、一つの語りかけの調子が耳に残れば、それが次の一作への入口になります。
Footnotes
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堀辰雄『風立ちぬ』、青空文庫。本文、図書カード No.4803。章構成、各章の初出(1936年から1938年)、新字新仮名であることの確認に参照。 ↩ ↩2
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堀辰雄『聖家族』、青空文庫。本文、図書カード No.4802。冒頭、人物、表記と備考の確認に参照。 ↩ ↩2 ↩3
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堀辰雄『美しい村』、青空文庫。本文、図書カード No.4812。章構成、各章の初出(1933年から1934年)、表記と備考の確認に参照。 ↩ ↩2 ↩3
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BlueReaderの青空文庫EPUB変換ガイド。青空→EPUBによる変換、EPUBのアップロードとサーバー解析、同じアカウントでの読書継続について。 ↩